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植物資源由来の原料を利用した「グリーンケミカルズ」によるカーボンニュートラルへの貢献(前編)

自動車分野で採用が進む住友ベークライトの情報通信材料

ご紹介

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公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)と住友ベークライトが共同して設立したグリーンケミカルズ株式会社。今回は、同社に出向している当社の研究部員に加えグリーンケミカルズ株式会社のメンバーでもあるRITEバイオ研究グループ 主任研究員 北出幸広氏をお招きして2050年のカーボンニュートラル実現に貢献するために進めている研究開発、および社会実装に向けた同社の取組みを前後編でご紹介します。前編では、会社設立の背景、技術開発の歴史について話をうかがいました。

共同で会社を設立して進めることに価値があった

―― グリーンケミカルズ株式会社(以下GCC)の取り組みがはじまった背景について教えてください。


橘賢也

住友ベークライト 先端材料研究所 
兼 グリーンケミカルズ(株)技術部
橘 賢也

フェノール樹脂は熱硬化性樹脂と呼ばれ、熱を加えるとがっちりと固まります。耐熱性や耐火性に優れ一度固めると、その形状がなかなか崩れないので、そのメリットを活かして、工業化の発展とともに電気部品・機械部品として様々な場面で活用されてきました。その一方で、石油由来であることやリサイクルするのが難しいことから、カーボンニュートラルという点においてはネガティブな要素となるため、それを解決する手段を考えていました。そこでフェノール樹脂の原料となるフェノールモノマーを石化由来から植物由来に変えようと考え、RITEの技術に着目。植物由来で二酸化炭素を吸収したものを使う、原料側からのアプローチのひとつとして、微生物を活用したフェノールを作ろうと考えました。

そこで2010年に、グリーンフェノール・高機能フェノール樹脂製造技術研究組合(GP組合)を設立して、NEDOが実施する「グリーン・サスティナブルケミカルプロセス基盤技術開発」の委託を受け、そこからRITEと共に研究開発を進めてきて、2014年に経済産業大臣の認可を受け、その組合を会社にしました。これは、技術研究組合の株式会社化の第1号になっています。それがグリーンフェノール開発㈱(グリーンケミカルズの前身)です。そして2018年にはフェノールだけではなく、他の化合物もターゲットに入れて開発を進めようとグリーンケミカルズ㈱に社名を変更。この間、NEDOが実施する「戦略的省エネルギー技術革新プログラム(2012 ~ 2024 年度)省エネルギー技術戦略」の支援をいただきながら、今のグリーンケミカルズの“原型”が誕生しました。

―― 企業と研究機関が共同研究し、一緒に会社を作って社会的に影響力のある製品を作るというのは よくあることなのでしょうか。

北出:

私はRITEから参画しているので、その立場からお話をさせていただくと、RITEと企業が共同開発をするケース自体はよくある話です。しかし実用化レベルまで辿りつくのはなかなか困難です。住友ベークライトは継続的に取り組んでいるので、我々としてはとてもありがたい存在です。短期的に開発が終わってしまう企業が多い中、住友ベークライトは、実用化に近いところまで来ているので、それは長いこと投資していただいたおかげだと思っています。なんとか社会に実装し、成功まで結び付けたいですね。共同研究はあっても、共同出資で会社を作るまでの例はあまりありません。今回は、“そこまでしても進める価値がある”と判断し、今に至っています。

北出幸広氏

(公財)地球環境産業技術研究機構 バイオ研究グループ
兼 グリーンケミカルズ㈱ 技術部 
北出 幸広氏

村田

私自身は、2014年からこのテーマに携わっていますが、入社当時から植物由来や地球環境に配慮した製品開発は盛んに進められていました。
もちろん当社だけではなく、他社でも研究開発が進められていたとは思いますが、同業他社から「住友ベークライトは先見の明があった」と言われることも多くあります。

村田 隆一

住友ベークライト 先端材料研究所 
兼 グリーンケミカルズ(株)技術部 
村田 隆一

―― 2020年10月に、日本政府が「2050年カーボンニュートラル」を宣言していますが、この目標達成のためにどのようなビジョンを描いていますか。

橘:

カーボンニュートラルとは、ライフサイクルの中で、二酸化炭素の排出と吸収がプラスマイナスゼロになることを意味します。この目的に対するアプローチには2つあって、ひとつがCO2の地中貯留などの炭素固定やカーボンリサイクルによるCO2排出量の削減。もうひとつが原料側からのアプローチで、植物由来の原料を用いた製品はCO2が発生しても、その植物は成長過程でCO2を吸収しており、ライフサイクル全体でみると大気中のCO2を増加させず、CO2排出量の収支は実質イーブンになるというものです。当社ではリサイクルに関しても取り組んでおりますが、今回お話しているグリーンケミカルズは後者にあたる研究で、我々は後者のアプローチに注力しています。

実はGCCが製品化を試みる開発品には、フェノール以外の化合物もあります。現在、工業化に向けて非常に高い生産性を示しているものを複数ラインナップしていますが、それ以外にもRITEの技術によって作りだすことも可能です。それはRITEが使っているコリネ型細菌のチカラ(他の微生物に比べて毒性耐性に優れる特徴)に依ります。コリネ型細菌の代謝経路の中には、たくさんの化合物があり、菌株の遺伝子を改変することで、代謝経路上の特定の化合物を高生産する技術を持っています。そういった意味で、可能性は“無限大”に広がります。まずはフェノールと、それに類似した化合物をターゲットとし、今は4つの化合物を社会実装し、拡大していこうと考えています。

カーボンニュートラル

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“プラスチックのパイオニア”としての信念

―― 4つの化合物についてご説明ください。

橘:

「フェノール」は、これまでお話した通り、住友ベークライトがフェノール樹脂の原料として使用するモノマーで、車両関係部品に使われる成形材料用のフェノール樹脂、家電・OA機器用のポリカーボネート樹脂、エポキシ樹脂を構成するビスフェノールA等の原料として広く用いられています。

「4-ヒドロキシ安息香酸」は、バイオプロセスにおいてはフェノールの前駆体にあたります。主に電気・電子部品等に用いられる液晶ポリマーや防腐剤(パラベン)の原料として用いられています。

フェノール
ヒドロキシ安息香酸
橘:

「プロトカテク酸」は、4-ヒドロキシ安息香酸のベンゼン環にもう一つ水酸基がついた構造をしています。薬用植物などに多く含まれるポリフェノール抗酸化化合物であり、医薬品原料や機能性食品素材として有用である他、香料(バニリン)の原料や高機能ポリマーの原料モノマーとしても有望な化合物です。

最後に「シキミ酸」ですが、シキミ酸は植物や微生物において生産される芳香族化合物全般の共通の前駆体となっている環状ヒドロキシ酸であり、インフルエンザ治療薬であるタミフルの製造原料として知られています。

プロトカテク酸
シキミ酸
非可食バイオマスから植物由来化合物
橘:

これらの化合物の製造に植物由来の原料を使うことがポイントで、その植物が成長の過程でCO2を吸収してきています。シバやトウモロコシの皮など非可食性バイオマスなどの中に含まれる糖を抽出して使いますが、その炭素源は空気中のCO2であり、その糖を原料として利用するため、カーボンニュートラルに貢献できるということです。

GCCは、コリネ型細菌の内在性代謝経路の強化・改変により、これらの化合物について世界最高水準の生産能力を誇る菌を開発しました。また、本菌を用いたバイオプロセスの最適化を通じて、再生可能な植物原料からの一環製造プロセス技術を確立しています。繰り返しになりますが、本プロセスではCO2を吸収した植物由来の原料を用いる事が重要で、果実や木質由来等の様々な非可食バイオマスの活用についても検討しています。

北出:

バイオマスから様々な手法で回収される糖(主にグルコース)が菌体のエサになるので、そのエサがどのような原料に由来しているのかが重要です。エサであるグルコースが菌を介して目的の化合物へと変換されます。ここで議論している原料には生産された原料(グリーンケミカルズ)と、そもそもの原料(バイオマス)という2つの意味があります。

橘:

先ほど説明した“無限大”というのは、自然由来のものと菌の組み合わせが無限大にあるという意味と、コリネ型細菌が作るだすものが無限大にあるという意味があります。無限大に作れるということは、身の回りの製品の原料を次々に植物由来に変えていくことも可能になるということです。

チャート図

橘:

「カーボンニュートラル」という言葉は、最近、言われ始めたイメージですが、住友ベークライトとしては2010年より前から基礎研究をはじめていました。RITEではそれ以前から研究を続けていらっしゃいましたよね。

北出:

RITEは3年前に設立30周年を迎えましたが、RITEは地球温暖化問題に対する革新的な環境技術の開発などを国際的に推進する中核的研究機関として設立されました。その中のバイオ研究グループが開発を進めてきたことが今に繋がっています。“地球に優しい産業技術の開発”という取り組み自体は30年前からスタートしていましたが、そこからいろいろな需要が結びついて、こういったものに発展しているというイメージです。

私は2008年に入所したので最初から見ていたわけではありませんが、RITEの菌株開発の仕組みが一般化してきたのが2005年頃だと認識しています。それまでは、いろいろな微生物で基礎研究をしていましたが、2000年に入ったころからコリネ型細菌に集約してきました。菌株開発のノウハウを蓄積していく中で、企業と組んだりして、実用に繋がってきたのが今回の例だと思います。

温室効果ガス排出量

(公財)地球環境産業技術研究機構

(公財)地球環境産業技術研究機構


―― 住友ベークライトの企業姿勢については、どのように感じていますか

橘

対談風景
橘:

私が本事業に関わりはじめたのが2017年からで、2019年にリーダーを引き継ぎました。個人的には、この研究開発はとても魅力がありますし、地球環境に貢献できる直接的な研究なので、社会実装したいと強く思っています。前任のリーダーからもその意思を受け継いでいるので、社会実装というゴールまで走り切りたいと思っています。

村田:

企業としての信念の強さを感じています。それは、植物由来のフェノールを小手先のビジネスの付加価値として売りたいのではなく、自分たちが本当に“地球に優しいフェノール樹脂を作るべきだ”という強い信念です。

北出:

住友ベークライトは“プラスチックのパイオニア”と謳っている以上、どうしても“信念”という話に繋がっていくのだと思います。新幹線の電光掲示板にいつか、「住友ベークライトとRITEで共同開発した」と表示されるようになるといいですね。

後編では、植物由来フェノール樹脂の優位性や自動車関連事業への適用の可能性についてご紹介します。

公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)

https://www.rite.or.jp/

グリーンケミカルズ株式会社

https://greenchemicals.co.jp/

インタビュー:伊藤秋廣(エーアイプロダクション)