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植物資源由来の原料を利用した「グリーンケミカルズ」によるカーボンニュートラルへの貢献(後編)

自動車分野で採用が進む住友ベークライトの情報通信材料

ご紹介

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公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)と住友ベークライトが共同して設立したグリーンケミカルズ株式会社。今回は、グリーンケミカルズ株式会社(GCC)のメンバーでもあるRITEバイオ研究グループ 主任研究員 北出幸広氏をお招きして2050年のカーボンニュートラル実現に貢献するために進めている研究開発、および社会実装に向けた同社の取組み紹介の後編です。前編の内容に続き、植物由来樹脂の競合優位性や、自動車関連事業への適用の可能性について話をうかがいました。

バイオ生産への道筋をつけたコリネ型細菌

―― 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の受託事業となったとお聞きしていますが、その経緯とメリットについてご説明ください

村田

過去に複数回参画していますが、最も近年我々が参画したのは、NEDOが公募した「戦略的省エネルギー技術革新プログラム」というものです。2015年~2017年の3年間、「非可食バイオマス由来グリーンフェノールの工業生産に向けた技術開発」というテーマで総額数億円という破格の助成を受けました。そのことで開発の加速につながったと感じています。おかげで微生物の性能を2倍、3倍に上げることができましたし、糖を効率よくフェノールに変換できるようになりました。


サンロイドエコシート®ポリカ

住友ベークライト 先端材料研究所 
兼 グリーンケミカルズ(株)技術部
村田 隆一

サンロイドエコシート®ポリカ

(公財)地球環境産業技術研究機構 バイオ研究グループ
兼 グリーンケミカルズ㈱ 技術部 
北出 幸広氏

北出

フェノールはタンパク質変性作用があり、強い細胞毒性を示す化合物のためにバイオプロセスによる生産は極めて困難とされてきました。フェノールの場合、菌株開発をする際に最初から最後まで1つの菌でフェノールを作ろうとしても、細胞への毒性が高いので、菌にとっても本当は作られたら困るものです。なので、無理やり作らせているというイメージです。しかし一気に無理やり作らせようとしても少ししかできないので、GCCでは、高い細胞毒性を回避しつつ高濃度化を実現するために、2段工程法によるバイオプロセスを開発しました。フェノールは毒性が高いのですが、一つ前の代謝経路における前駆体である4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)という化合物はフェノールより細胞毒性が1/10程度と低いので、そこまでを第一工程として作り、それらを第2工程で一気にフェノールに変換するというやり方を開発しました。

北出

従来行われてきた非可食性バイオマス由来のさまざまな糖から目的物質を生産する発酵法では、糖原料が菌体の増殖にも使われるため目的とする有用物質生産の効率は低いという課題がありました。

これに対し「RITEバイオプロセス」は増殖非依存型バイオプロセスと呼ばれ、さまざまな種類の非可⾷性バイオマス原料からバイオ燃料(エタノール、ブタノールなど)やグリーン化学品(芳香族化合物、アミノ酸、有機酸など)の高効率生産を実現する革新的なコア技術で、先ほど説明したフェノールの第2工程にも適用されています。目的物質を効率的に生産できるように高度に代謝設計されたコリネ型細菌を大量に培養し、細胞を反応槽に高密度に充填後、嫌気的な条件や、増殖に必須な因子を削除することにより細胞の分裂を停止させた状態で反応を行います。これによって、増殖に必要な栄養や大きなエネルギーが不要となるため、糖原料が増殖等に使われず、目的物質の生産に活用されます。石油由来の原料を用いる化学プロセスだと高温での製造なので、エネルギー消費が大きくCO₂の排出量が増大しますが、バイオプロセスだと、常温常圧下での製造なので、エネルギー消費が少なくCO₂の排出が削減され、カーボンニュートラルに貢献することができます 。
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―― GCCにおけるさまざまな芳香族化合物のバイオ生産への挑戦について教えてください

橘:

現在、主に手掛ける4つの開発品については、フェノールを作る過程の前駆体である4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)、シキミ酸、プロトカテク酸もそれぞれ、植物原料から高効率生産させるバイオプロセスを確立しており、さまざまな用途への展開を目指しています。

フェノールを作る過程で、前駆体である4-HBAを作っており、この化合物もお客様に興味を持たれています。たくさんの商品ラインナップを持つことは大事なことです。

北出:

実はフェノールは高い需要と裏腹に単価が安く、前駆体の方が意外と高価だったりするので、それもあって4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)の生産技術の開発にも注力してきました。

橘:

4-HBAの主な用途としては液晶ポリマーがあり、それは電子部品のコネクタの樹脂などに使われています。4-HBAはある方向に形状安定する、寸法が狂わないように重合するという性質があるので、この性質を利用して液晶ポリマーの原料によく使われています。バイオマスプラスチックに対する市場ニーズの高まりから、液晶ポリマーを植物由来にしたいというお客さんはたくさんいるので、フェノールに続いて研究開発を積極的に進めています。

4-HBAを化学合成する際には高温高圧が必要になるので、製造過程でどうしてもCO2排出量が多くなってしまいます。我々の製法は微生物発酵なので、培養する際の温度は高くても30℃台であり、圧力も常圧ですので、製造過程でのCO2排出量も少ないです。さらに原料がCO2を吸収した植物由来なので、これらのメリットから非常に高いニーズを得られています。

液晶ポリマー以外には、防腐剤(パラベン)の原料などにも使われているので、いろいろな用途展開が考えられます。一番社会実装に近い化合物だと考えているので、なんとか実績につなげてさらに発展させていきたいと考えています。

フェノール
4-ヒドロキシ安息香酸
プロトカテク酸
シキミ酸

―― グリーンケミカルズ株式会社(GCC)の競合優位性について改めて教えてください。

橘

住友ベークライト 先端材料研究所 
兼 グリーンケミカルズ(株)技術部 
橘 賢也

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橘: 

微生物発酵においては、やはり菌株が非常に重要であり、そういった意味でコリネ型細菌に大いに優位性があります。またRITEは非常に生産性の高い菌体を作る遺伝子改変技術を持っているので、その辺りが差別化ポイントになっています。

コリネ型細菌は毒性に強いことも利点として働いています。また、発酵阻害物質という、非可食バイオマスを糖化して糖を取ってくるときには雑味の成分が含まれているので、そこが生産に悪影響を及ぼすことがありますが、コリネ型細菌はそういうものにも強いという良い性質を持っていたということも手伝って、より高生産しやすい菌となっています。その上で遺伝子組み換えを行い、改良をすすめていることになります。RITEは長年にわたってコリネ型細菌を研究してきて、世界的にも“RITE=コリネ型細菌”と認識されています。近年では「スマートセル創製技術」や「データ駆動型の酵素選抜・改変技術」などの最新技術もコリネ型細菌の研究開発に集約しているので、より良いものができる体制が確立しています。

“社会実装させる”という使命感

村田:

NEDOの助成金によって設備も拡充できました。蒸留塔を建てて、たくさんの生産ができるようにもなりました。

橘:

バイオプロセスに関するスケールアップの検証も、パイロットプラント(最大500L培養槽)で行っています。培養における最適条件などを明確にし、量産スケール設備導入時に必要な設計等の情報を蓄積するため、実証検証を進めています。

北出:

京都のラボでは試験管やジャーファーメンターを用いた生産試験を行いますが、多くても10リットルの容量での生産でしたので、静岡のこの設備のおかげで大きく研究が進みました。しかし、その先となると、さらに大きなリアクターが必要です。

橘:

経済合理性の検証を進めるためには一定の生産規模で実証する必要があり、それがなければ社会実装はできません。したがって国内にとどまらず海外でも大きな設備を持っているところと協業するという取り組みが必要になりますし、実際に動き始めています。

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―― ラインナップの広げ方としてはニーズが先なのか、それともシーズが先なのか、どちらでしょう。

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橘:

今までは完全にシーズ先行でした。これまでは、シーズ先行で化合物を取り揃えてきましたが、ここ数年で一気に引き合いが多くなり、社会実装にぐっと近づいているという実感があります。今はもともとのシーズ化合物に加えて、それ以外のものも何かできないか、探す活動もしています。

村田:

バランスが重要ですよね。今の技術で作れないものはすぐには作れないですし、いらないものを作っても仕方がありません。

橘:

シーズとニーズの両方がつながったときに初めて、社会実装できるものが生み出されていきます。RITEの菌があるので、芳香族類のものであればある程度はできると思います。

―― グリーンフェノールの事業化に向けた取組みについて教えてください。

村田

グリーンフェノールの事業化に向けた課題としては3つあると考えています。1つ目はコストですが、2つ目は原料の確保です。我々が欲しいのは糖ですが、それは我々が作れるわけではないので、非可食バイオマスから糖を作ってくれる人が必要です。加えて、フェノールという数量が必要なものに対して、たくさん糖を作ってくれるところを探さなければなりません。様々な原料を調査し、“使える・使えない”の検証は進めています。

そして3つ目は量産化です。先ほども話に出ましたが、大規模な設備があまりありません。我々の希望に合う大きなリアクターは世界的に見ても少ないので、それを持っているところと連携する必要があります。また、大きな設備があればできるというわけではなく、一般的には大きくなると効率が悪くなります。そのままでは微生物のパフォーマンスが下がってしまうので、性能を維持するために、どうスケールアップすべきかという研究にも取り組んでいます。原料の確保と量産化の課題はコストにも繋がります。微生物のパフォーマンスを上げるためには、リアクターの中の環境を整えて、最適に働ける環境を整えてあげる必要があります。そのために必要な要素としては温度や撹拌、溶存酸素といったものがあります。

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北出

スケールアップすると増殖する微生物の絶対量も増えてくるので、供給する空気も増やさなければなりません。その設備も現実的にできるのかどうかという課題も出てきます。

もちろんリアクターを探す活動をしています。GCCでは現在500Lが最大なので、それ以上のものを我々も探していますし、協業先のコネクションも活用して進めていくというアプローチもとっています。その中でなんとか今期中に実証し、社会実装に繋げていきたいですね。

村田

各社がカーボンニュートラルの取り組みに力を入れている昨今、実感するのは“一社ではできない”ということです。カーボンニュートラルにおける連携の必要性は各報道でよく目にしますが、我々もそれを痛感しています。ですから我々だけで商売するのではなく、協業先を見つけて、共に強いところを出しあうことが重要だと考えています。もちろん高性能な微生物など、今まで積み上げてきた実績は我々の強みとしてありますが、それだけではビジネスはできないと感じています。

―― 自動車業界への転用を考えたときに、どのような可能性を考えられるのでしょうか。

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カーボンニュートラル

 

私はここ数年、展示会などにアテンド員として参加していますが、ここ2年ほどで一気に来場者からのカーボンニュートラルに関する質問が増えてきたと感じています。自動車関連では成形材料やエンジン回りの部品などにもフェノール樹脂が使われてきているので、カーボンニュートラルに対する解決策の1つとしてグリーンケミカルズの取組みを提案しています。住友ベークライトはこれに限らず、例えばリサイクルの観点で、熱硬化性樹脂であるフェノール樹脂はリサイクルが難しいのですが、リサイクルの開発にも挑戦しています。

また、我々のような微生物発酵とは違う方法で原料を植物由来にして、バイオマスを活用するアプローチもあります。技術的にはどちらが良い・悪いということはないと思います。自動車業界にはニーズとしてリサイクルがベースにあると思いますが、同じ素材を永久にリサイクルし続けることはできません。そこで、一定量発生する廃棄物由来のCO2分をバイオマス活用により補填し、カーボンニュートラルを達成する。リサイクルとバイオマス活用は両輪で進めていくことが重要だと思います。リサイクルを進めながら、植物由来の原料を用いた技術を併用できないかと思い、自動車メーカーなどにヒアリングしています。

 

車載用でフェノール樹脂を使用して頂いているお客様には、その特徴である高耐熱・高耐久性を高く評価頂いています。グリーンケミカルズの技術を活用すれば、その樹脂構造は変わらないため、従来のフェノール樹脂の特性を維持できます。したがって、石化由来フェノール樹脂の代替としてグリーンフェノール樹脂が大きな懸念なく適用できると考えます。さらに、自動車メーカーには車の中で金属を使っている部品を樹脂に変えて軽量化して、走行時のCO2排出を減らしたいというニーズもあるので、+αの付加価値として我々の技術を展開していければと思います。

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―― 今後の目標を教えてください。

村田

何か一つ、量産実績や販売実績ができれば植物由来フェノールの見方が大きく変わると思いますし、弾みがつくと思います。フェノールをはじめ、いろいろな化合物を開発していますが、まずは実績を作ることに集中して取り組みたいと思います。私は研究の立場なので、よりお客さんのニーズに寄り添った開発や改善を行っていきたいです。

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北出

実用化に向けた気持ちはベークライトもRITEも同じです。我々が貢献できるのは菌株開発なので、いろいろな原料に対応した菌株開発をして、より用途が広がるような形で発展できればと思っています。

グリーンケミカルズの技術は10年以上前からRITEと共同で開発を進めています。これまでいろいろな人が関与しながら信念を持って進めてきた歴史があり、その中で私が5年ほど前に静岡でのリーダーとなりました。その頃から社会的なカーボンニュートラルの潮流がきて、いろいろなお客さまから引き合いを頂くようになりました。今は、研究開発段階から一歩踏み出す、社会実装させるという強い使命感を覚えています。

そのためには、当社だけでは実現不可能なので、我々グリーンケミカルズ㈱を含め非可食原料のサプライヤーやOEM先、お客様、その先のエンドのお客様など全体とよくコミュニケーションを取って進める必要があります。我々はシーズを持っているので、住友ベークライトと共にプラットファーマー的な役割や機能も果たせればと考えています。今年度が正念場なので、関係各社と協力しながら邁進していきます。

公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)

https://www.rite.or.jp/

グリーンケミカルズ株式会社

https://greenchemicals.co.jp/

インタビュー:伊藤秋廣(エーアイプロダクション)