数学や物理、化学が得意だった佐々木は、大学では工学部物質工学科に入学した。そこで専攻したのが安全工学であった。当時、佐々木は安全工学が何をする学問かはほとんど理解していなかった。ただ純粋に「安全工学とは一体何なんだろう」という好奇心に突き動かされ専攻を選んだ。
安全工学とは流体力学や化学工学に近い学問で、大学では環境と消防、火災関係、爆発関係、金属疲労などの材料疲労などから、物質同士の反応の不安全性や電気化学、排水処理などを学び、プラント設備の製図や爆発の実験など、化学の現場での安全に関する幅広いテーマを研究した。卒論のテーマは液化天然ガスのタンク内でのロールオーバーによる爆発の検証。化学より物理が得意だったが、次第に化学への興味を持つようになり、化学メーカーを志望業界に決める。就職に際しては「会社が大きすぎると社員個人が埋もれてしまうのではないか」と考え、選んだ会社が住友ベークライトであった。


新入社員の佐々木が配属された先は静岡県藤枝市にある工業樹脂製造工場の技術部。担当は、工業用フェノール樹脂の開発だ。以来、現在まで佐々木は一貫してフェノール樹脂関連の開発・研究を行っているが、最初に担当したのは、イミド系機能性材料の開発。しかし、2カ月足らずで、鋳物関係のグループへ異動となる。ここが、佐々木にとって事実上のスタートラインだ。鋳物の型の主な材料は砂。その砂を固めるために、酸硬化性のフラン樹脂や熱硬化性のフェノール樹脂などの粘結剤がバインダーとして使われる。他社が保有する特許を回避したフェノール樹脂バインダーを開発するのが、最初の課題だった。
佐々木が配属となったチームは、合計3名の小さなチーム。そんな中、配属間もない12月に上司が交通事故で長期休暇を余儀なくされ、佐々木は新人ながらも孤軍奮闘することになる。そして忘れられない社外上司との出会いが、佐々木に社会人としての自覚を芽生えさせることとなる。
「この資料はなんだ!お前の意見が全く入っていないじゃないか」。いきなり客先で怒鳴れ、資料を叩きつけられた。相手は顧客である40代の課長。当然ながら知識、経験、なにをとっても相手には敵わない。佐々木はぐうの音も出なかった。学生気分が抜け切れていない入社二年目の佐々木にとって、この経験が社会人としての自覚を新たにした出来事となった。その後も、データの分析のやり方からレポートの書き方まで、事細かに厳しく言及された。「落ち込んでも仕方がない。自分を飛躍させるチャンスだと思っていました」。持ち前のポジティブ思考で顧客の要求に応えていくに伴って、徐々に認めてもらえるようになった。以来、どのお客様のところに行くのも怖くなくなったという。「今思えば、この方が一番厳しい人でした。お客様の立場に立って資料を作るということ、お客様と向き合うとはどういうことかを学びました」。製品開発は顧客ニーズありき。その基礎を、身をもって学んだ時期だった。

鋳物の型に使われるフェノール樹脂の開発に従事すること4年。問題をクリアし、自分が手がけた製品を上市にまでこぎ着けることができた。「自分の給料分ぐらいの売上は出せたかなと思います」と自分の仕事に確かな手応えを感じ始めたこの時期に、担当するテーマが変更となる。次に取り込んだのはゴム用のエマルジョンや、発泡用途のフェノール樹脂開発だ。扱う対象は変わらずフェノール樹脂だが、テーマが変わると、関わる業界やお客様は一変する。周辺技術をまた一から勉強をし直すことになった。「用途が変われば異動しているようなもの、などと昔人事勤労部長に言われましたが、本当にそうなんです」と佐々木は言う。幅広い技術分野に興味を持つ好奇心旺盛な佐々木にとって、フェノール樹脂の開発は性に合っていた。
この時代にもっとも研究に没頭したテーマは、燃えにくいフェノールフォームを使った建材パネルの開発だ。当時、他社が独占していた市場に切り込むために、建材メーカーと発泡システムの研究などに取り組んだ。「お客様と耐火実験などもやりました。お客様の現場に行けるのがおもしろかったですね」。当時、発泡体を用いた建築材料等はウレタンがメインで、発泡フェノールはその1/10以下のシェア。「なんとか新規事業を立ち上げたい」。意気込んで研究開発に取り組んだが、さまざまな要因によってこのテーマは撤退を余儀なくされる。
この頃、佐々木は50代、60代の自分をイメージし、そこに向かうためのロードマップを描くようになる。足の長い計画であるため、早々に結果は出ない。したがって、これにはプロセスを重視するというスタンスが求められる。それは佐々木の研究者として固まりつつあった価値観にも呼応している。「開発中に駄目なデータが出てくることもある。けど良いデータも必ず出てくる。だから、結果に一喜一憂する必要はなくて、大事なのは、失敗には理由があるということ。その理由を成功につながる理由にすればいいだけなんです」。確固たる研究者としてのスタイルが出来つつあった。

佐々木に2度目の転機が訪れる。次に取り組むことになったテーマは、エネルギー関連材料だ。エネルギー問題は社会的に注目されているテーマのひとつ。エネルギーデバイスの進歩はめざましく、材料に対するニーズも年々高度化している。住友ベークライトとしても新たに進出しようとしている分野で、佐々木は10年ほど前にエネルギーを蓄電するシステム材料の開発に取り組み始めた。
「これまでのテーマは先人がいて、バイブルともいえる資料・ノウハウがたくさんありました。しかし現在取り組んでいるのは、新規分野の開拓。ベースが何もないだけに、難しいが、その分やりがいもある。自分たちでバイブルを作りたいですね」とあくまで前向きだ。この分野を事業として成り立たせるために「本当におもしろい製品を作ることと、開発したものをいかに売り込むかを考えている」という。2007年1月に開発テーマと共基礎研究所に異動し、現在は、腰を据えて開発に取り組んでいる。
エネルギー関連業界は知財戦略が厳しく、お客様の本音を聞き出すこともなかなか難しい分野。「いかに太いパイプをつくって信頼関係を築き、本音を聞き出していくかを常に考えている」という。新人時代にお客様と正面から向き合って身につけた力が、ここにも生きている。
現在、佐々木は、今後自分が取り組んでいくべき分野として「エネルギー・環境・アグリカルチャー」を考えている。今後、ますます重要視されるであろう、この3分野について、製品や材料を提供することを目標に据えている。「この3分野が事業として成立させることができたら面白いなと。こういうことを考えたのは、何でも自由に発想して取り組めるフェノール樹脂開発に携わっていたからかもしれません」。明確に目標を立てる。そして、なによりプロセスを大事にする。なぜなら、着実な前進こそ、成功へ至る唯一の方法だと知っているからだ。

結果を見るのではなく、常にプロセスを見ているので100点はありません。課程の中では、必ず次の課題がでてきますから。成功もあれば必ず失敗がある。成功率を高めていくためにはプロセスが重要なので、結果を見て一喜一憂していたらこれ以上の成長はない、と自分を律しています。
プロとは、一言で言えば「有言実行している人」だと思います。物事に秀でた人はたくさんいます。でも、それだけではなく、秀でるために目標を立て、それに対するプロセスを実践できているひとがプロではないでしょうか。だから、プロはどこにでもいると思いますよ。トレーニングすることが苦にならない。こうと決めたら必死になれる人。それがプロではないかと。満足したら人の成長はない。だから、達成感や満足感を追い求めるのではなく、やるべき事ができているかをチェックできる人が真のプロフェッショナルだと思います。
実験の7割は計画です。だからプロセスがとても大事。だから、仕事も人生も計画を立てて、いかにその計画をうまく実践していくか、自分で言った期限を守れているか、どれだけ頭をしぼって実験してきたかを常に考えています。そうすると、やるべき事がまだまだたくさんあることに気づきます。研究には終わりがありません。辛抱して続けることで花が咲く。熱意を失ったらプロは目指せませんから、自分が作り出した製品を市場に出荷することを常にイメージして、熱意を持ち続けるようにしています。
研究開発の仕事は、必ずしも、最終的な成果(製品化)に結びつきません。短期的な成果で一喜一憂せずに、どっしりと構えて、研究開発を行うことの大切さを認識したのが30代はじめの頃。これは当時手掛けていた建材パネルが、上市を待つことなく、撤退を余儀なくされたことが契機となりました。以前、上司に言われていた「プロセスを見るぞ」という言葉の意味が実感を伴って理解することが出来るようになったのもこの頃です。

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