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[プロたちの館] プロたちが辿った成長の軌跡。


「知的財産を企業戦略に活かす弁理士資格を持つ知財のプロ」寺尾 賢(40歳)

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プロへの道 プロローグ

これまで培った知識を活かした仕事をしたい

話は学生時代に遡る。当時、寺尾はアルバイトに精を出し、友人とのつきあいに明け暮れ、遊び中心の日々を送っていた。当然、勉強は二の次。しかし、大学生活も後半になるにしたがって、漠然とイメージしていた自分の将来像、「研究者」になるために何をすべきかを考えはじめる。

「研究者として生きていくためには、知識が絶対に必要となる。このままではダメだ」。一念発起した寺尾は、大学院進学を決め、それからは、これまでとは人が変わったように勉強に打ち込んだ。大学院で寺尾が専攻したのは高分子材料分野で、研究テーマはプラスチック。所属していた研究室は、企業との実践的な共同研究などを行っており、メーカーで研究者として就職することを意識するようになる。「これまで培った知識を活かした仕事をしたい」と考えた寺尾は、プラスチックの製品を数多く持つ住友ベークライトを本命に絞り、見事に内定を手にした。

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プロへの道1:1992年(入社1年目/25歳)

常に「プラスアルファ」の知識を積み重ねる
培った知識と経験を活かせる仕事に就く

配属されたのは完成したばかりの神戸基礎研究所。寺尾はもちろん新人であったが、先輩たちも皆この研究所に来て間もない。新しくできたばかりの会社のような活気があった。
研究所で携わったのは、大学時代の研究テーマと同じ「ポリマーアロイ」。これは複数の性質の異なるプラスチックを混ぜ合わせることで、新しい特性を持たせた高分子材料のこと。培ってきた知識や経験がそのまま活かせる分野だった。まさに就職前に望んでいた環境だったと言えよう。「ただ、学生の頃の研究とは勝手が違うことも多々ありました。なによりもまず研究のスケールが違う。スケールが大きくなると、研究の手法も変わってくる。それに厳密なスケジュールや、コストの管理などを覚えることには苦労しました」。

毎朝の学びの時間が「プラスアルファ」をつくる

研究を重ねてきたテーマだっただけに、仕事の飲み込みが早かった。社会人生活は順調に滑り出していたが、入社前、寺尾はひとつの目標を掲げていた。それは、元々の専門性だけでなく、プラスアルファの知識を持った研究者になることである。
研究者として、社内からだけでなく、社外に出ても評価される人間になりたいと考えていた。そのためには寺尾は努力を重ねた。「毎朝、必ず就業時間よりも30分から1時間前には会社に着いて、仕事とは直接関係のない分野の勉強をしていましたね。その時取り組んでいた研究対象の周辺分野のことが多かったのですが、他にも興味がひかれたもの、研究中に知った新たなことなど、さまざまなことを勉強していました」。朝早く起床し、毎日新たなことを学び続ける。どんな忙しいときも、入社当時から現在に至るまで、長きにわたってこの取り組みを続けている。

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プロへの道2:1999年(入社8年目/32歳)

知財スペシャリストへの道を歩み始める
弁理士資格取得に向け、動き出す

入社5年目の頃、寺尾に転機が訪れた。それは学生時代の後輩から、弁理士の資格に合格したことを知らせる一本の電話がきっかけだった。もともと社内だけでなく社外でも通用するスキルの獲得を目標にしていた寺尾にとって、産業界において、益々重視されつつあった知的財産戦略のエキスパート、弁理士資格は、非常に魅力的なものであった。すぐさま寺尾は弁理士資格取得に向け、動き出した。
弁理士とは特許の申請など知的財産権に関する国家資格で、いわゆる難関資格のひとつ。並大抵の努力で合格できないことは覚悟していた。寺尾は、「3年で合格レベルに達すること。5年やってダメなら諦めること」を目標に掲げた。そして毎朝行っていた勉強に加え、仕事が終わった後の帰宅後、そして休日も返上して、資格の専門学校にも通いながら猛烈な勉強を始めた。
弁理士試験には1次から3次まで試験がある。「1年目に1次試験には受かっておきたかった」という寺尾は、目論見通り、1年目で1次試験を通過する。「やれる」。寺尾は確かな手応えを感じた。

知財部への異動、そして弁理士資格の取得を果たす

寺尾は弁理士の勉強を積み重ねながら、知的財産部への配属を希望した。資格の勉強を続けるにつれ「知財でキャリアを築いていきたい」と感じるようになったからだ。
知的財産部では技術者が新たなアイデア・新製品を開発した時の特許出願や、逆に開発中のものが他社の特許に抵触していないかなどの調査を行っている。開発された技術と製品を「権利」という観点で守る大切な仕事だ。
入社8年目、知的財産部へ配属された。異動後も寺尾は意欲的に勉強を続けた。社内でも「社内に弁理士が欲しい」という機運が高まっていたため、会社も協力を惜しまなかった。「2次試験などは平日を含めて1週間がかりでありますからね。上司や同僚の協力がなければ受験することすら難しかったと思います。その分、期待もひしひしと感じましたけどね(笑)」。プレッシャーは相当なものだったが、3年目の試験で見事に合格を果たす。晴れて寺尾は知的財産のスペシャリストである「弁理士」となった。

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プロへの道3:2006年(入社14年目/38歳)

全社の知財戦略を牽引する
知財に関するシステムづくり

2006年、寺尾は宇都宮の開発センターとの兼務を言い渡される。ここで寺尾が期待された役割は宇都宮工場における「知的財産権に関する取り組みのシステムづくり」だ。
「知的財産権は今や一般に広く知れ渡っています。しかし、それがどういう性質なのか、どのような力を持っているのか、実はよく知られていません。たとえば、新たな製品を開発し、お客様に提案し、購入を決めていただいたとします。その段階で、他の特許に抵触してしまっていることが判明すると、その製品は出荷できないばかりか、お客様の生産や販売の計画にも大きな迷惑を掛け、さらにはそれが出荷されてしまえば、訴訟リスクにもさらされることなります」。知財はリスク回避の手段でもあるわけである。
寺尾主導であらたな制度づくりが始まった。社員への知識の浸透や、新製品の審査制度の構築、その審査に申請するための書類のフォーム作成など、手探りで進みながらも、半年かけておおよその骨格をつくりあげた。今後は全社的な知財戦略に取り組んで行きたい、とあくまでも目標は高い。

経験の量がスキルとして積み上がる

弁理士の仕事はまさしく「経験がものを言う」仕事である。「弁理士は経験を積めば積むほど、いい仕事ができるんです。どの仕事にもそのような側面はあると思うのですが、弁理士ではそれが如実に出ます」。海外での特許申請なども必要となってくるので、最近の朝の勉強時間は、もっぱら英語を学んでいるという。「英語には、今までの勉強以上に相当苦戦していますが」と笑顔を見せる寺尾。
入社以来、自身の専門を深めながらも、常に新しいことを学び続けてきた。その旺盛な好奇心と、学び続ける姿勢は、今後も寺尾を大きく成長させていくことだろう。

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寺尾賢に聞くプロとは?

今の自分を採点すると・・・
85点

-15点の理由は、まだまだ成長できる、がんばれる余地があると思うからです。現在は、英語を勉強していますが、これはまだまだ努力が必要ですね。英語ができるようになれば、90点位はあげてもいいと思っています。


自分にとって「プロ」とは?
社内・社外、両方からの信頼を獲得できる人

プロフェッショナル、というからには、当然、自身の専門に深い知識と経験が求められると思います。その分野においては誰からも信頼されることが前提としてありますが、それに加えて幅広い知識や経験を持ち、社外、世間からも信頼されるに足る人間であること。それがプロフェッショナルだと考えています。

プロになるために。
毎日の『プラスアルファ』が幅を広げてくれる

自身の仕事に打ち込むことで専門に深みがでますが、それに加えて業務以外の勉強を重ねることで、知識に幅がでてくるのではないでしょうか。私は入社以来、毎朝30分~1時間早く出社し、必ずなにか勉強するようにしています。勉強する内容はその時々によって変えていますが。

成長への転機。
弁理士試験合格

やはり弁理士試験に受かったことだと思います。仕事や生活に劇的な変化があったというわけではないのですが、努力がひとつの形になったという点で大きな出来事でした。

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