大学時代、高分子工学を専攻していたこともあり、仕事でも生かすことができればと思って住友ベークライトを選びました。しかし、基礎研究所に配属になってすぐに大学の研究と企業の研究はまったくの別物ということを思い知らされます。お客様の要望や市場のニーズ、競合他社の特許、そして時間的な制約など、様々な壁が私の前に立ちはだかりました。ただ、私が最初に取り組んだ「半導体封止材料用の潜伏性触媒の開発」というテーマに関しては、基礎研究所のチームワークと実験の失敗が思わぬ発見をもたらすという幸運も重なり、開発に成功。研究者としてとても良いスタートを切ることができました。そして、その後も温かい先輩たちにも恵まれ、充実した毎日を送っていたのですが、8年目のその日を境に一変します。突然、上司から声を掛けられ、「当社のCSRの一環として、化学物質のリスク管理に係る企業評価指標の開発研究をしてほしい」という辞令が下ったのです。
出向先は、東京農工大学。自分の専門性や経験がまったく通じない仕事に携わることになりました。シンクタンクや金融業界、行政機関などで働く方々と接する機会も増え、これまでの自分の視野の狭さにショックを受けます。「研究所の中で良いものをつくる」ではなく、「社会の中で良いものをつくる」という視点がおろそかになっていたのです。同時に、環境問題や企業評価手法に関しては素人同然だったため、自分の無力さも思い知ります。しかし、その道のプロ、経験者に話を聞き、教えていただくことで、得られるものが大きいということに気付いてからは、自ら約束を取り付け、インタビューを行うというフィールドワークを実践しました。また、異なる分野、異なる職種の方々と一緒に働くことで、自分のこれまでの殻を破ることができ、その一方で化学メーカーの社員としての価値や役割も再確認することができました。
2年間の出向を終え会社に戻ってきた先は、新規事業に通じる研究開発テーマを企画する全社横断的な部署でした。私は全く予想していなかったバイオ事業の担当に就くことに。最先端のバイオ技術研究を行っている教授のところに話を聞きに行ったり、お客様となりそうな企業を尋ねてニーズを掘り起こしたり、経済産業省の方と会ったり、大学で培ったフィールドワーク経験をいきなり生かすことができました。さらに、当社の研究所等の主管者クラスの方々と協議することも多かったのですが、この時も昔の私だったら萎縮してしまったのでしょうが、熱意と論理と仕事に対する真摯さがあれば、立場の差はあまり問題にならないと思うまでになっていました。そうして2年間、情報収集やマーケティングを行い、当時のバイオ製品開発プロジェクトチームリーダーと一緒に経営陣に答申した結果、「S-バイオ開発部」という一つの部が新設されました。これは本当にうれしい出来事でした。
開発部になってからは、市場形成のムーブメントをつくるため、ますます外を飛び回る機会が増えました。国内外のお客様への訪問はもちろんのこと、海外を含めたシンポジウムでの発表、書籍への投稿など、話があれば何でも積極的にやらせてもらいました。「遠慮しない図々しさ」と「フットワークの軽さ」。この2つが私の強力な武器になっていましたね。そして、その後、開発部は正式に事業部となり、私はそのマーケティング・営業部長に就任することになったのです。でも本音を言えば、就任当初は営業経験が自分よりはるかに上の先輩方や優秀な若手に「認めてもらえるのだろうか」という不安でいっぱいでした。それが、今ではチームワークを自慢できる部署に成長し、年次の販売予算も達成。入社8年目に会社から出向を命じられた時には、想像もつかなかった光景が目の前に広がっています。仕事は、会社は、人生は、自分の取り組み方しだいで大きく変わる。これから入社してくる学生にそのことは伝えておきたいですね。
1996年04月〜1997年3月 基礎研究所 ポリマー合成第一研究部
1997年04月〜2004年3月 基礎研究所 研究部
2004年04月〜2005年3月 環境保安・再資源化対策部
2003年04月〜2005年3月 (東京農工大・お茶の水女子大学派遣)
2005年04月〜2007年6月 技術部
2007年07月〜2009年5月 S-バイオ開発部
2009年06月〜2012年9月 S-バイオ事業部 マーケティング・営業部
2012年10月〜2016年4月 S-バイオ事業部 マーケティング・営業部長
2016年4月〜 S-バイオ事業部長