入社後、最初に担当することになった仕事は、球状フェノール樹脂硬化物の製品開発。当時、接着剤を固めたような性質を持つということ以外はほとんどわかっていない新素材をどう製品化していくか。フェノール樹脂の機能が基材と基材のバインダーとしての役割が主流である中、フェノール樹脂そのものの機能に着目してどう製品化していくか。それが1年目の私に託されたミッションでした。当然、新素材に関するデータや内部情報もありませんし、それどころか前任者もおらず研究室のフラスコで物は作れても、量産設備はそのままでは使えないような状態でした。自分ひとりの力では全然前に進んで行かないため、上司をはじめ、様々な部署の方にお世話になりましたね。新しいことを始める時は、「自分(発案者)が汗水を流さないと(動かないと)、周囲の人は絶対に動いてくれない」ということを強く感じた時期でもあります。それから4年後、その素材を製品として市場に出すことができた時は、本当にホッとしました。「ようやく会社に貢献できる」と思ったものです。
球状フェノール樹脂硬化物の製品化に続いて担当した研究は、自動車のブレーキやクラッチなどに使われる摩擦材用樹脂の開発。また一から勉強することだらけでしたが、こちらは前任者がいたので設備やデータは利用することができました。ただ一方で、前任者と比較さる訳ですからプレッシャーも感じましたね。また、この研究に携わるようになって2年くらい経った頃、グループリーダーを拝命しました。グループのメンバーがより働きやすい環境をつくるため、仕事の配分を工夫したり、モチベーションの向上に努めたり。上司や他部署の方々とも頻繁に話をし、より良い関係性を構築するように努力しました。自分のことだけでなく、意識的に周囲に目を配るようになったことで、仕事に対する視野も広がったと思います。そして、入社15年目。さらなるステップアップの機会に恵まれました。中国江蘇省にある南通のプラント建設準備プロジェクトチームに参加することになったのです。
南通に立ち上げるプラントでは、ある既存製品の新しいラインを設計導入する計画でした。ただし、これまでよりも生産性を高め、かつコストを下げることが求められていたのです。研究開発側からの異動だった私は機械や設備、生産に関する知見が浅かったため、とにかく周囲の方々に話を聞いたり、自分自身で勉強したりしながら、新しいラインの設計を少しずつ形にしていきました。さらに、中国での運営許可証を取得するためのレポートを現地責任者と一緒に書き上げるといった仕事も経験。初めてのことの連続でしたが、自分の気持ちは「やれる、やれない」ではなく、「やらなければならない」ということでまとまっていたので不安を感じるような暇はありませんでした。ひとつ心残りがあるとすれば、稼動を目前に帰国してしまったこと。現在、順調に当初の見込み通りの数量を生産しているラインの様子を一目見たかったですね。
39歳。入社16年目、ポリマー製造部の部長に就任しました。これまでの数々の課題とは全く異質の課題に取り組んでいます。入社当初は1つの研究テーマだけを見ていればよかったものが、現在はその研究から生まれる製品、その製品がもたらす収益、そしてすべてに関わる社員、その社員の生活、命のことまで視野を広げ、考え続けなければいけません。経営陣と現場の間に立つことも求められる。海外での売り上げが伸びていく中、より意思疎通を図るための施策も必要です。しかしながら、ここでも「やらなければならない」の精神です。「自分が得ているサラリーを上回る貢献を、会社に対してできているか」「何のために会社にいるのか」「そもそも何のために生きているのか」と常に自分に問いながら、結果を残していきたい。そうして一緒に働く方々の努力が報われるような会社にしていきたいと考えています。
1996年4月〜2001年3月 住友デュレズ 工場樹脂研究所 研究部
2001年3月〜2009年3月 工業樹脂研究所 研究部
2009年4月〜2010年6月 自動車製品開発研究所 研究部
2010年7月〜2011年3月 静岡工場 高機能プラスチック製品統括製造部 ポリマー製造部
2011年4月〜 静岡工場 高機能プラスチック製品統括製造部 ポリマー製造部 部長

※2003年10月〜2003年12月

DUREZ SPAIN SL派遣
※2007年05月〜2010年06月 REACHプロジェクトチーム 兼務
※2010年07月〜2013年03月 南通プラント建設プロジェクトチーム 兼務